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『最初のアダムと最後のアダム』 

1.幸福は築き上げるものですか?
1)同時多発テロ事件……なぜこのような事件が起こるのか。思想を用いた人間(自己)中心主義、自分や組織が高められることを目指す。時には宗教や神々の名を用いて自分が高められることを目指す。
2)人の性質……人間の力で幸福を築けるという信仰をもって、創造主を認めず、この世での自己実現を人生の目的とする。
3)幸福は築き上げるものですか?……どの時代の人も知恵を絞ってやってきた。しかし歴史が示すように、結局は争いが繰り返されてきた。We are the World の歌にあるヒューマニズム。
4)聖書はどう言っていますか?(人生の地図)……人は最初あった幸せを逆に壊してきた。(堕落)そのままでは滅びに至る。自力救済不能。なぜそのようになってしまったのでしょうか。

2.最初のアダム(創世記3章)
・ エデンの園:いつも創造主と一緒、死は無く、病気もないすばらしい世界。創造の目的が達成されている世界。
・ 善悪の知識の木:主はなぜそのような木を置かれたのでしょう?……愛とは何をしてもよいということではない。
・ サタンの誘惑:創造主から離れ、自分で善悪を作り出して歩む誘惑 自己で自分を高める誘惑。主から目を奪い、主から、そして創造の目的から離脱させること。
(サタンと地獄について イザヤ14章12~13節)

・罪とのろい:最初の死、死は罪ののろい。神(創造主)が愛なら、なぜ死があるのですか?……人間はサタンの人質状態。死(肉体とたましいの分離)が必要になった。創造主(イエス・キリスト)ご自身が身代わりに十字架にかかることが前提。

   ちょうどひとりの人によって罪が世界に入り、こうして死が全人類に広がったのと同様に、―― それというのも全人類が罪を犯したからです。(ローマ5章12節)

3.最後のアダム
・ イエス・キリストの十字架(最後のアダム): 主は私たちを放っておかなかった。創造主ご自身が人質の身代金となって十字架で死なれ、罰を受けるべき私たちの身代わりとなられた。そして三日後によみがえられた。そのことを信じる者に新しい永遠の命を与えて神、すなわち創造主のもとに回復してくださる。

  私たちはみな羊のようにさまよい、おのおの、自分勝手な道に向かって行った。しかし、主は私たちのすべての咎を彼に負わせた。(イザヤ53章6節)
  アダムにあってすべての人が死んでいるのと同じように、キリストにあってすべての人が生かされるのである。         (1コリント15章22節)
・ アダムとエバの恥を被うため主は動物をほふってその毛皮を着せてくださった……最初の死がキリストの犠牲の最初の雛形
・ ではどうすればいいですか?:キリスト・イエスの十字架と復活を信じ、救われて、主との親しき心の交わり、主を信頼し共に歩ませていただくことを通して主がご自身に栄光を帰す……創造の目的
      
   なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神(創造主)はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。聖書はこういっています。「彼に信頼するものは失望させられることがない。」(ローマ10章9-11節)

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