FC2ブログ

創世記から~夕があり朝があった 

急に一時間空き時間ができたから、もういっこ書こう!

聖書の最初には、神さまが世界を6日間で造られた経緯が綴られていますが、
その一日一日の区切りには

「こうして夕があり、朝があった。第〇日。」

と書かれています。
不自然さを感じた方はいますでしょうか?

一日の始まりは”朝”だし、”夕(夜)”になると「一日終わった~」となりません?
「朝があり、夕があった」もしくは「朝が来て夜が来た」が普通の表現だと思います。

これにも意味があるのですよ~。

「朝があった」で区切られているのは、
「新しい始まり」こそ大切だよ!と教えてくださっているのです。

イエス様の救いを受け入れると、いろんなことが起こります。
ここでは多くは語りませんが、いくつか挙げると、
罪の赦し、義とされること・・・に加えて、”新しいいのち(永遠のいのち)”を頂く、など。

そのことが新約聖書にはこう書かれています。
「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。
古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」


救いを受けるとは、罪深い自分を改良されるんじゃなくて、
新しく生まれた人として生きる人生が与えられるのです。

だれでも過去を後悔して「できるもんならやり直したい…」と思うことが
一つや二つあるでしょう。
私の友人は「幼稚園からやり直したい」と言っていた
どんだけ後悔しとるん

でも、やり直せないのが人生です。それがツライとこ。

でも、イエス様の救いによって新しく生きることができるのですよ。
それを言っているのが上記の聖書のことばで、
さらには創世記の「朝があった」という、新しい始まりこそ重要!という意味です。

聖書を知らいない方には、かなりザッパな乱暴な説明になってしまいましたが、
またいつか、新しいいのちについて丁寧に書きますね。


そして、「朝があった」で締めくくられているもう一つの理由。

必ず朝は来るということですよ!
当たり前じゃんと思ったかな?朝が来ることを”当たり前”の状態にされたのは
この最初の創造の時なんです。

みなさん、毎日ハッピーですか?(笑)

学校も会社も子育ても、それぞれに疲れがあり、ストレスがあり、時に涙がありますよね。
私はプレッシャーに弱い方なので、過去に胃潰瘍になったことが何度もありまする(笑)

そんな私の好きな聖書のことばの一つを紹介します。
「夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。」

このことばも「夕⇒朝」の順です。
時にはツラ過ぎて、出口が見えない中にポツーンとたたずんでいるように感じることも
あるかもしれないけど、
どんなに暗い一日だったとしても、必ず新しい始まりをすることができるという希望がある
ことを、このことばは教えています。そして、世界の始まりの時からの変わらない希望です。

神さまは、根拠ある段階を追って、6日間でこの世界を整え造られました。
そして、その6日間を見ていくと、”手直し”や”廃棄”などはなく、
次の日には全く新しい生命を誕生させているのです。

新しい始まりこそ大事
朝を迎えるごとに、意識してみてはいかがでしょう?

 
φ(.. ) おっと、調子に乗ってたら長くなったぞ。では、この辺で

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

skin presented by myhurt : BLOG | SKIN
  
copyright © 2005 (n‘∀‘)η豊田バプテスト教会 活動BLOG all rights reserved. Powered by FC2ブログ