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ステーキワン+「クリスチャンをうまくなる努力?」水谷潔先生の巻 

毎月第二日曜日、礼拝後は各層の交わりの午後です。主人会では、外でランチをしてから、教会に戻り、しばらく交わりを持つというパターンです。

今回は、久々に主人会全員集合でした。そしてランチ担当はでした。少しネタ切れの中、苦し紛れの複数候補の中からみんなに選んでもらうという方法としました(2回目)。
1、ステーキワン(大体ここかなぁ、と思いつつ。前々回のTさんの時の候補でもありました。) 2、スタミナ太郎(初回のの担当時にも、候補にしました。) 3、黄色いラーメン屋(来来亭です。) 4、すき家(個人的にはここもよかったのです) 
    「ここは出きれば行きたくない」というのをまず挙手してもらったところ、すき家は外れ、スタミナ太郎との一票差でステーキワンとなりました。

    しかし、問題点がいくつかありまして、予算をややオーバーしてしまうこと(いつもは、大体1000円以内という感じですがドリンクバー(210円)を頼むと1200円オーバーになる。また、待ち時間が30分以上かかる事でした。だけ先に順番取りに行こうか、それとも、面白い雑貨屋さんやブックオフがあるのでそこで時間をつぶせばいいかとなりましたが、みんなで一緒に出発することにしました。

   店に着くと思ったほどの混みようではなく、15分ほどで座ることが出来ました。

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   ここは結構有名なところで、テレビの取材もあったそうです。システムは、食べ放題なのですが、まず、メインディッシュを一品頼みます。ご飯やサラダバー等はそれに自動的についてきますので、いくらでも満腹になることが出来ます。ドリンクバーはお好みですが、今回は3人だけ注文しました。 
  
今回はあまりよい写真がないです(性能の悪い携帯写真ですのでご容赦。写真以外の性能はとても良いのですが、、、)。食べっぷりは、もの凄いというよりも、それぞれ十分にいただきました-!という感じでしたね。は、焼きそばとフルーツがとても良かったです。 

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   今回も例に漏れず、ハプニング発生!!  メインディッシュが運ばれてくる時に、半分以上の人は席を立って、サラダバーにいってしまっていたので、誰がどれだかわらなくなってしまいました。やがて、、、、最後に、ネギ塩豚ロースが来たのですが、まだ、もらっていないのはKiyoさんだけ、しかもKiyoさんはネギが大嫌い 「わしは、何頼んだっけ-。おろしなんとかじゃなかったかなぁ」。だれがまちがえちゃったのかなーぁと見渡すと、おろし豚ロースは、すでに食べ始められてしまってました。もネギ塩豚ロースでしたので、ネギダブルのせとしていただきました。

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最後は、親方(ダイエット成功中)が野菜ジュース?を飲み干せずに苦労していましたが、無事にランチ終了。(は 今まで何度か来ましたが、一度もステーキを注文していないステーキワンでした。)

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教会に帰ってから、今日はいつもの輪読のかわりに、水谷潔先生のプログから共に学びました。以下は、引用です。その後近況報告をしあって主人会を終えました。


クリスチャンをうまくなる努力?<キリストを愛する努力
火曜日にラジオでお聞きした話です。あのイチローの父親は、「イチローには、野球がうまくなる努力をしたことは一度もない、野球を好きになる努力をしてきた」という趣旨のことを語っておられるとか。
イチローと父親は連日バッティングセンターに通っていたという話しが広まって、多くの父親が息子をバッティングセンターに連れてくるようになったそうです。しかし、事実は、イチローの父がイチローを連れて行ったのではなく、イチローが父を誘ってお願いして通いつめていたのです。
つまり、イチロー親子の話を聞いて、息子を野球選手や甲子園のスターにしようと親子でバッティングセンターに通う方々は、形だけの模倣であって本質をはずしているのです。自分から父親をバッティングセンターに誘う程の「野球好きに育てること」がイチローの父親の努力であったのですから。
子どもに対して「外圧によって親の願い通りにする」のでなく、親が子どもの「内圧を高める努力をする」のです。これは、一般的な育児、教育だけでなく、教会教育や信仰継承にもかかわる本質だと思うのです。

このことを子どもへの信仰教育という面で適用すると、教えられたり、反省させられたりです。
「子供をクリスチャンにする努力」ばかりをしてしまい「キリストを愛する子に育てる」という発想が欠損しがちな大人たち。
教会へ行く、お祈りする、聖書を読む、それは全部大切。これらをある意味の親の権威という外圧をかけて子どもにさせること自体が、決して悪いとは思いません。ただ、子どもの内側への働きかけがなかったらどうでしょう?そうでなければイチロー親子の外面だけを模倣してバッティングセンターに通う親子と同様に、わが子と教会に通っているという状況に陥らないとも限りません。神の愛を知り、それに応答して「神を愛する心」を育ててあげないと、中学生あたりでの離脱傾向は必然となるでしょう。

さらに問われるのは親自身、教会の大人たちの信仰姿勢であります。親や教会の大人たちが、子どもに対して見せているのは「クリスチャンをうまくやっている姿」なのか「キリストを真実に愛し生きる姿」なのか?が問われるのでしょう。
教会内部で熱心に忠実に仕える一方で、教会の内と外、教えと生活を巧みに使い分ける姿を子どもに見せてきているのか?使い分けをしないように、いいえ、してしまったなら、それを偽善と認め悔改めながら真実に神を愛し御言葉に生きる姿を子どもに見せてきているか?礼拝、奉仕、讃美、祈り、献金をささげるという外面的行為を見せてきたか?それを神への愛の故に喜んでささげる心を見せてきたか?が問われます。
果たして、クリスチャンである親や大人たちがしている努力の本質は「クリスチャンをうまくやる努力」と「キリストを愛するが故の努力」のどちらなのでしょう。

そう考えると、子どもへの信仰継承の問題の本質は、親自身の信仰姿勢にあると言わざるを得ません。聖書が示す親の権威は、模範を示すためのものですから。親である私たちの多くは、子どもの信仰継承で悩むより先に、自らの信仰姿勢を検証してまず自分が悩むべきなのかもしれませんね。
「イチローには野球がうまくなる努力をしたことは一度もない、野球を好きになる努力をしてきた」
それに倣いたいと思いました。親自身が生活を通じて模範を示し、神を愛する実際の生き様をもって御言葉とセットで実物教育していくのです。
「子どもをクリスチャンにする努力など一度もしたことがありません。ただ、子どもが神様を心から愛するための努力だけをしてきました。その結果、子どもはイエス様を信じ受け入れました」「子どもにはクリスチャンがうまくなる努力をさせたことは一度もありません。キリストを愛する子に育つ努力をしてきました。」そんなことが言える親が理想かなー?と考えているところです。                     2010.07.08 Thursday   author : Kiyoshi Mizutani

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